昭和40年8月8日 夜の御理解
あー、今日限りの青年会。えー、それは、活発に青年会の、おー、信心の共励やら活動やらができておる。(うーむ?)でも、あのう、神様を、の実在というもの、おー、確信してからの共励会、でない場合が多いのです。その点椛目の方たちは、神様の実在というものを、おー、一つの、おー、根底としてからの信心の共励会。神様が、私一人ひとりに働きかけてくださる。おー、またその働きに対して、私どもがどう働くかと。
例えばあの、阿蘇山あたりに現れておられる神様。言わば神様が阿蘇山に働きかけておられる働き具合。石井清さんに働きかけておられる、うん、神様の働き。もう、み、違うのです。ね。
けれども、神様の実在をどうこうというわけには参られません。そういうようなものを、はっきり、えまぁ把握しておられる人達の、だいたい、まあ集いであるということは大変強みですけれども、その、もう一人ひとりに対するとこの神様の働きかけ、また、それに対する神様の働きかけ、というようなところにです、まぁそれぞれの信心の性格、個性、まそれを信仰的に言うなら、めぐりの程度といったような事によって違ってくると思うんです。一様ではないと。
今日は、そういうところを一つ、神様のその働きかけに対する、あのう、んー、実例を、銘々の信心によって、えー、えー、その働きかけに、私どもはどう、ふんなら働きかけておるかと、言うようなところを共励されたら、何かよい信心が得られるような気がいたしますねぇ。それが、一人ひとり違うところに、いー、まぁ言うなら信心の共励の、天地の、おー、ま悲しみといったようなものがあるように思うんです。
それを一様に頂きますとですねぇ、えー、大変これは、あー、私に現れなさる神様。私に働きかけなさる神、あと働きかけ具合という、ねえ。皆さんに働きなさる神様の具合と。
え、神様そのものはおんなじでありましても、結局、うー、その人の、おー、根に応じてとか、または、あー、めぐりに応じてとか、または、あそのう、打ち込み度合いに応じて現れておられるのでございますのから、銘々それで発表があられましたとする。自分の方に現れなさる神様は、まぁ実にその、優しいとか、んーまたは、あー、大様なとか、というようなことになってくるときです、結局自分のし、いただい、えー、に働きかけておられる神様はです、あー、結局、自分の信心の程度の低さ、と言ったようなことが、それようによって分かるような気がいたします。ねぇ。
どうでしょうかみなさん、一人ひとりの上に働きかけておられる、その神様に対するこちらの働きかけ。そこから、私は、もっとよりよい信心を身につけていくことができるのではないかというふうに思います。
どうぞおかげを頂きますように。
6月27日 いつのり